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「2026年度組織」発表の危うさ:未来を固定化する経営判断

組織設計

「未来の組織図」が経営を縛る日

株式会社ISTソフトウェアが「2026年度の新組織体制および人事異動」を発表した。成長戦略を加速するため、事業・専門性の強化と部門連携の深化を図るという。一見、前向きで計画的な発表に聞こえる。しかし、「戻れる経営」の観点から見ると、これは極めて危うい判断だ。なぜなら、2年後の組織と人事を今、決定してしまうことで、可逆性を大きく損なうからである

多くの経営者は、未来のビジョンを示すことはリーダーシップだと考える。確かに、方向性を示すことは重要だ。しかし、「組織体制」と「人事異動」という具体的な実行内容を、実態の観測もなく2年も先に固定してしまうことは、全く別の問題である。これは、未来の不確実性に対して、経営判断の「戻りにくさ」を自ら高めてしまう行為に他ならない。

「2026年度組織」発表が生む3つの後戻り不能ポイント

ISTソフトウェアのケースを「戻れる経営」の原理に照らして分析すると、少なくとも3つの点で可逆性が失われるリスクが潜んでいる。

1. 人の役割と期待を早期に固定化してしまう

「2026年度の人事異動」が発表された瞬間、社内では無意識の期待と役割の固定化が始まる。「あの人は2年後にはあの部署の責任者になるんだ」という認識が広がれば、その人はすでに「未来の責任者」として見られ始め、現在の業務における関係性が歪み始める。また、本人も「2年後にはそのポジションに就くはず」という意識が働き、現在の役割へのコミットメントが低下する可能性がある。

可逆性を保つ判断は、「2026年度に向けた専門性強化の方向性」を伝えつつ、具体的な人事異動は「必要に応じて随時実施する」と留保することだ。人ではなく、強化すべき「業務」と「専門領域」を先に定義する。人は、その業務の実績と適性を観測した上で、必要最小限のタイミングで配置する。これが「人を採るのではなく、業務を分解する」視点である。

2. 環境変化への適応余地を制度で奪う

2年という時間は、テクノロジーや市場環境が激変するには十分な期間だ。今日描いた最適な組織図が、1年後に陳腐化することは珍しくない。しかし、一度「2026年度組織」として公式発表してしまうと、変更は「計画の失敗」や「経営の混乱」として映り、心理的・政治的コストが膨大になる。結果、環境変化が起きても、発表された組織図に無理やり現実を合わせようとする「制度の硬直化」が起きる。

我々がコロナ禍で経験したのは、まさにこの硬直化の危険性だ。事前に策定した中期計画は、パンデミックの前では無力だった。重要なのは、「方針」と「実行」の間にある「観測期間」を設けることである。「事業・専門性の強化」という方針は掲げつつ、その具体的手段(組織再編)は、四半期ごとの実績と環境分析に基づいて、小刻みに調整する。計画は「決定」ではなく「最も有力な仮説」として扱うべきなのである。

3. 実態なき計画が「自己成就的予言」となる

壮大な未来組織図が発表されると、経営陣自身がその実現に注力し始め、目の前の小さな矛盾やデータに目を向けなくなる危険がある。例えば、ある部門統合が計画されていれば、たとえ統合前に部門間の連携に問題が生じていても、「いずれ統合されるから」と先送りされ、問題が深刻化する。計画が現実を観測する目を曇らせるのである。

可逆性のある設計では、「評価期間」と「撤退条件」を事前に決める。たとえば、「A事業部とB事業部の連携深化」を図るとしたら、まずは共同プロジェクトチームを「仮置き」し、6ヶ月間の評価期間を設ける。評価指標(例:共同案件受注率、情報共有の頻度)を定め、それをクリアできなければチームを解散し、別のアプローチを試す。これが「固定化より、観測を優先する」原理の実践だ。

「戻れる組織再編」の具体的フレームワーク

では、成長のために組織を変えたいとき、どのように「可逆性」を保てばよいのか。以下の3ステップのフレームワークを提案する。

ステップ1:組織図ではなく「機能マップ」を作成する

まず、箱と線で描く組織図は捨てる。代わりに、達成すべき戦略目標に対して必要な「業務機能」と「意思決定ポイント」を全て洗い出す「機能マップ」を作成する。これは、「誰が」ではなく「何が」必要かを定義する作業である。例えば、「新規市場の顧客インサイト収集」という機能が必要なら、それをどの部署の誰が担うべきかは、この段階では決めない。機能の優先順位と相互依存関係を明確にするだけだ。

ステップ2:機能を担う「仮のチーム」を期間限定で組成する

必要な機能が明確になったら、それらを束ねる形で、既存組織を横断した「仮のチーム」や「タスクフォース」を組成する。ここでのキーワードは「兼任」「期間限定」「評価指標の明確化」である。メンバーは現職を兼任し、本務への影響を最小限に抑える。チームの存続期間は3〜6ヶ月とし、その期間で達成すべき具体的な成果指標(KPIではなく、プロセスや学習の指標)を全員で合意する。

ステップ3:実態に基づき、漸進的に形式化する

評価期間終了後、チームの成果とプロセスを振り返る。機能がうまく回り、継続価値が認められれば、次のステップとして、より恒常的な「役割」として定義し、必要なリソースを少しずつ付与する。もしうまくいかなければ、チームは潔く解散し、機能の担い手を変えるか、必要性そのものを見直す。この「仮置き→観測→適応」のサイクルを回すことで、組織は生きた実態に合わせて柔軟に形を変えていくことができる。

このアプローチの核心は、「組織再編は一度で終わるイベントではない」と認識することだ。それは、環境と内部能力の変化に合わせて、継続的に微調整されていく「プロセス」なのである。

「発表しない勇気」と「仮置きする賢明さ」

ISTソフトウェアの発表は、おそらく社内外に対して確固たる成長への意志を示し、投資家や従業員の期待を管理したいという意図があっただろう。しかし、経営者の真の強さは、壮大な未来図を掲げることにあるのではなく、不確実性を認め、計画を「仮置き」したまま走り、必要なら何度でも方向修正できる「余白」をデザインすることにある。

我々が支援するある中堅ソフトウェア企業では、新事業部の立ち上げに際し、リーダー人事を公表せず、「新事業創出チーム」という名称で3名の兼任メンバーを集め、半年間の実験プロジェクトとして開始した。結果、想定していた技術方向性が市場に合わないことが早期に判明。チームは速やかに解散し、別のアプローチで再挑戦した。もし最初から「新事業部長」を任命し、組織図に載せていたら、この方向転換にははるかに大きなコストがかかったはずだ。

経営判断において、「発表しない」という選択肢は、しばしば「発表する」以上に戦略的である。それは、未来に対する謙虚さであり、実態を重視する現実主義の表れでもある。

あなたの組織の「未来の計画」は、硬直したレールの上にあるか、それとも、状況に応じて進路を変えられる柔らかい道の上にあるか。その違いが、2年後の組織の生命力を決めるのである。

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