承認プロセスが「責任がある現実」を見えなくする問題
対外的には会社は常に責任を負っています。しかし、組織内部でその責任を明確に認識できなくなる構造が、承認プロセスによって作られてしまうことがあります。
会社が負う責任の現実
契約上の責任
取引先や顧客との契約に基づく義務と責任を負います。
法的な責任
法令遵守や社会規範に基づく法的義務を負います。
社会的責任
事業主体として社会に対する責任を負います。
これらの責任は、誰が承認したか、承認が何段階あったか、組織内でどう合意したかとは無関係に、最終的に「会社」が負うものです。
問題の核心:責任認識のズレ
対外的な現実
会社は常に責任を負っている
  • 契約責任
  • 法的責任
  • 社会的責任
組織内部の認識
承認プロセスによって責任が曖昧に
  • 誰が判断したか不明確
  • 責任意識の希薄化
  • 現実認識の乖離

対外的には責任を負っているにもかかわらず、組織内部でその責任を明確に認識できなくなる構造が、承認プロセスによって作られてしまいます。
「承認があるから大丈夫」という危うい認識
「承認は全部通っています」
「個人の独断ではありません」
「組織として決めたことです」
これらの言葉は、内部的には安心材料として機能します。しかし、この安心感こそが問題です。承認が増えるほど、誰が実際に判断したのか、誰がその判断を引き受けるのかが曖昧になり、責任を負っているという現実認識が薄れていきます。
その結果、対外的な責任を負っているという事実と、組織内の意思決定の感覚が乖離するという状態が生まれます。
承認プロセスの変質
本来の目的
判断の妥当性を高める
組織としての判断基準を共有する
変質後の状態
誰も「自分が決めた」と言えない
判断が集合知ではなく空白になる
失敗しても検証できない
承認プロセスは責任を回避する装置ではありません。しかし、承認が増えすぎると、組織は責任を分散しているつもりで、実際には責任を見失っている状態に陥ります。
契約・法務の観点で起きていること
対外的な世界では、「組織で合意した」「複数人で承認した」という事実は、責任の軽減理由にはなりません。
01
会社として、なぜその判断をしたのか
02
誰がどの判断を担っていたのか
03
判断プロセスは合理的だったか
承認プロセスによって組織内部の責任認識が曖昧になると、次の現象が起きます:
  • 説明責任を果たせない
  • 判断の根拠を再構成できない
  • 結果として会社が不利な立場に立つ
これは、法的に責任が発生すること自体よりも、責任を前提にした判断ができていないことが問題です。
なぜ承認が増えると責任意識が薄れるのか
1
心理的安心感
自分一人の判断ではない、みんなで決めた、間違っても個人の責任ではない
2
現実感の喪失
「会社として責任を負う判断をしている」という現実感を奪われる
3
判断精度の低下
判断の重みが軽くなり、リスクを直視しなくなる
承認プロセスが多段になると、短期的には安心をもたらしますが、長期的には組織の判断能力を低下させる構造が生まれます。
必要なのは「責任が見える構造」
対外的に責任を負う以上、組織内部では次の状態が必要です。
1
誰がどの判断を担ったか分かる
最終判断者を明確にする
2
判断理由を説明できる
承認と決裁を分ける
3
判断を後から検証できる
判断履歴を残す

そのために必要なのは、責任を前提にした設計です。承認を増やすことではありません。
よくある誤解
誤解①
承認が多ければ責任が軽くなる
対外的には、責任は一切軽くなりません。軽くなったように感じるのは、組織内部の錯覚です。
誤解②
組織判断だから個人責任はない
組織判断であっても、誰がどう判断したか、どこに責任を置いていたかは必ず問われます。
最後に確認したい問い
この判断について、会社として説明できるか
組織内で責任を負っている感覚は共有されているか
承認が、責任認識を弱めていないか
これらに答えられない場合、現実の責任構造を誤認したまま意思決定をしている可能性があります。

まとめ
  • 対外的な責任は、承認の有無に関わらず存在する
  • 問題は、組織内でその責任を認識できなくなること
  • 承認は責任を軽くする装置ではない
責任がある現実を、組織として正しく認識できているか
それが、この判断の核心です。